開始が迫るATSCモバイル放送

アナログ停波が無事完了し、放送局はやっとデジタル放送を使った新しいビジネスの開発に取りかかる事が出来るようになった。アメリカの放送局に取ってのデジタル放送による新規ビジネスとはモバイル放送である。

7月始めにデジタル放送の規格化団体のAdvanced Television Systems Committee(ATSC)はモバイル放送規格候補のATSC Mobile/Handheld(ATSC M/H)を規格案と認定した。これにより、規格は最終的な投票段階に入る事が出来る。早ければ8月初旬から4週間の投票期間に入り、9月には正式な規格になる。ATSC方式をベースにしたモバイル放送の規格化が動き出したのは2007年の5月であり、その翌年の2008年の5月には2つの競合規格(LGとSamsung)を1つにまとめ、2年後には投票に持って来るというハイスピードで進んで来た事でも、放送局のモバイル放送に対する強い関心が分かる。

ATSCでの規格化を急ピッチで進め、LGとSamsungの協力を仲介し、また、必要な技術テストを行ってきたのは800以上の放送局が参加しているOpen Mobile Video Coalition(OMVC)である。

OMVCの次の大きな活動は7月末に開始になったワシントンDCでの市場テストである。すでに幾つかの都市でテストが行われ、ニューヨーク市、ラーレー市等では継続的にASTC M/Hのサービステストが行われているが、ワシントンDCでのテストは7つの放送局が参加する大規模な物であり、また、議会、ウォールストリートに対する重要なデモンストレーションでもある。ワシントンのテストではIonのWPXW、GanettのWUSA(CBS系)、FoxのWDCA、NBCのWRC、PBS系のWHUT(運営はハワード大学)、SinclairのWNUV(CW系)それにMHz NetworksのWNVTが参加し、それぞれが2つのモバイルTVチャンネルとデータサービスを提供する。ワシントンDCのテストは商業化テストとなっているが、最初の段階は適合性テストとして、20近いベンダーの製品が試される。

7月28日にこのテストの開幕として、OMVCとIonのWPXW局は下院議会の建物で議員向けのデモンストレーションを行った。Ion代表は1つのDTVチャンネル帯域で、SD放送、HD放送、モバイル放送を伝送する事が出来る事をアピールし、それを「DTVのトリプルプレー」と呼んだ。

OMVCは年内には、28都市で約70の放送局がATSC M/Hのサービスを本格的に開始する予定だと発表している。しかし、サービスは開始されてもそれを受信出来る端末が登場するのは2010年に入ってからになる。現時点では全米規模でもまだ数個のハンドヘルド端末とノートPC用のUSBドングルしか存在していなく、それらが全米を回ってテストされている状態である。ATSC M/H規格が正式になりまで、携帯電話ベンダーはそのレシーバーを内蔵した製品の製造は出来ない。Harrisと共にこの規格の開発にたずさわってきたLGは6月からハンドセット向けのICの製造を開始し始めたばかりである。

放送局はモバイル放送がもたらす新しい可能性に大きな期待を寄せているが、ビジネスモデルとしてはどの様な方向に進むかは明確ではない。既存の地上波放送と同じ番組を放送するだけでなく、複数のチャンネル、それに交通情報等のデータサービスも送る事が出来る。これまでに各地で行われてきたテストでは1つのチャンネルの放送が殆どであるが、ワシントンDCのテストでは殆どの局は19.4 Mbps中、約3.7 Mbpsをモバイル放送向けに使い、2つ、あるいは3つのモバイル向けチャンネルを提供する予定である。高速で走る車からでも受信出来る事を可能にするために、多量のFECが使われ、3.7 Mbpsの容量でも、実際のペイロードは900 Kbps程度でしかない。ATSC M/HではFECの量は固定では無く、放送局がその地形、サービス等を考慮し、調整をする事が出来る。

放送局のモバイル放送に対する期待は高いが、悲観的な意見もある。調査会社のStrategy Analyticsは3年前に2010の世界モバイルTV市場は54億ドルになるとの予測を発表したが、最近、2010年の予測を2.8億ドルと大幅に縮小した。モバイル通信事業者のフォーカスはモバイルでのインターネットアクセスと、ウィジェットの販売であり、モバイル放送には強い関心を示さなくなっている。スマートフォンを使ったモバイルインターネットアクセスが普及する事で、モバイル端末を使って見るビデオはPCと同様にYouTube、Hulu等になり、MediaFLO、ATSC M/H、DVB-SH等のニーズは減っているとの意見もある。